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ねとぽよ人材募集のための参考メモ(活動の一部を紹介します)

 ねとぽよ初の説明会&採用面接が、明日、開催されます。募集要項と会場・時間は公式サイトでご確認ください。

netpoyo | ねっとぽよくはへいわしゅぎをひょーぼーします

 募集要項にある通り、明日は、①編集者・ライター、②プランナー・イベンター、③エージェント、という3つの職種で、募集をいたします。
 もちろん、ねとぽよの中には、他にもエンジニアや、ウェブディレクター、デザイナーや小説家・漫画家、とさまざまな職種がありますので、たとえば「デザインをやりたい!」などの希望があれば、面接会場で採用担当の者に伝えていただければ幸いです。

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これまでの活動の一部を紹介します

 さて、ねとぽよが始まってから2年が経ちました。
 今回募集する、①編集者・ライター、②プランナー・イベンター、③エージェント、がこの2年間でどんな動きをしてきたのかを、主要な活動の一部をメモ程度にご紹介したいと思います。詳しくは、明日の説明会で、人事担当の者にお聞きください。


例A)2011年末 冬コミにて『ねとぽよ 第1号』を刊行

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  • こちらは①が活躍しました
  • 「特集1 ぼくたちがかんがえたさいきょうのソーシャルゲーム」の中の@edy_choco_edyの記事は、ドワンゴの川上会長が「今までのソーシャルゲームの記事で一番いい」と絶賛していましたね。
  • 異彩を放った「ウェブ女子ナンパ」記事は、担当ライターの@ishiyaがのちの執筆する「JRO38(ラーメン二郎処女38人名に二郎に行かせる企画)」に繋がります。のちに、@ishiyaは宇野常寛さん主宰のカルチャー誌『PLANETS 8号』で「食べログ」に関する取材記事を執筆することになります
  • この頃の③の表立って言える出来事はありません


例B)2012年 ゴールデンウィーク文フリ 『ねとぽよ 第2号』を刊行

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  • この号も①が中心となって、ねとぽよメンバーフル稼働で制作しました。また、②も本誌の中に掲載する「ARG」イベントの企画・運営をして八面六臂の大活躍をしました
  • この号は①が初めて創作を担当した号でした。id:johnetsu-kの問題作「オナホ男」や、のちに講談社で四季大賞をとる胡瓜が心に染み入る傑作漫画「バースデー」がこの号に掲載されています。
  • また、この号をきっかけに、ねとぽよに若い女性メンバーが増えました。「女の子ウェブ特集号」や「ニコニコ特集号」へと結実していきます。
  • この頃の③の表立って言えるのは、家入明子さんの自宅を訪れたことだけです(訪れたときの様子はこちらから



例C)2013年 ウェブニュースサイト「ねとぽよ」の開始

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  • こちらは①が担当しています。
    • サイト運営を若い編集者に教えながら行い、着実に人材が育っています。
  • ②は①と連携しつつ、独自にイベントを企画・開発しています。
    • ねとぽよ内部の人材だけでなく、昨日のハリポタイベントのように、外部の方との連携をうまく取りつつ、進めています。
  • ③の活動は秘密です。


 ねとぽよの活動は、あらゆることが繋がっていきます。
 もしも明日の面接で採用される方がいらっしゃれば、また新たな動きが出てくるでしょう。
 皆さんにお会いできることを、楽しみにしております。

都内で独りぼっちを楽しむ方法(暮れ泥むビール編)

 金曜から土曜にかけてずっと立ち仕事をしたせいか、起きたら昼間の12時だった。本日、27日の日曜日。
 眠気まなこにFacebookを見たら、友だちからハロウィーンの招待が来てて、そっか今日はそうやって楽しむ日か、なんて季節を感じながら、今週はずっと気を遣ってばかりいたから独りになりたい。本当は昨日寝る前に「あしたは早起きして箱根に行って、ゆったりしよう」と決めていたんだけど、疲れが溜まりすぎていて起きれなかった。
 ベッドの中で、無料漫画アプリで韓国漫画を読みながらダラダラしても12時半。窓から差し込む陽の光があたたかいから、ちょっとだけ体を起こして、溜まっていた一週間分の洗濯物を洗濯機にかけ、もう一度ベッドに入る。起きると16時になっていて、外には雲がかかっていて、洗濯の楽しさが半減してしまう。fc2動画で適当な映像を見ながら洗濯物を干して、頭の中にいくつか選択肢が思い浮かぶ。

  1. このままネットでだらだらする
  2. ほっといてくれる店へ行って本を読む
  3. ビールを飲みに行く

 1はよくやりがちなんだけど、ネットってとても疲れる。独りになりたいのに、独りにさせてくれなくて。
 2は今日はアリかなと思って、部屋の中で読みたい本を探し始めたんだけど、読みたい気分じゃなくて諦める。
 結局、美味しいビールを飲みに行くことにした。

 デートならベルギービールとかドイツ料理屋へ飲みに行くのはありなんだけど、疲れていて、世界からほっといて欲しくて、でも美味しいビールを飲みたいや、ってときにはちゃんと自分で「美味しいビール」にたどり着くシチュエーションを作っておかないといけない。

 お酒が飲めて、一度でもサラリーマンをやったことがある人なら、仕事終わりのビールを知っている。銘柄なんてどれでもいい。できれば、エビスみたいな味を楽しむ要素が入っているビールじゃなくて、アサヒスーパードライのような味はどうでもいいんだけど飲み終わったあとに「くわぁぁあ!」ってなるビールがいい。今日一日の疲れが抜けていく感じが美味しい。
 今日は特に仕事もしていないので、まず銭湯へ行くことにした。風呂あがりのビールは、仕事終わりのビールくらい美味しい。銭湯へ行くのに電車を使うなんてのはバカバカしいから、家の近所から選ぶ。
 我が家は恵比寿の西口改札前辺りにあって、広尾の銭湯へは歩いて15分くらい。すでに17時を回った秋なのに、外は暮れなずんでいて、散歩は楽しい。さて、銭湯の帰りにどんなお店でいっぱい引っ掛けようかなあ、と思いながら、明治通りから細い道を入って有栖川宮公園を目指し、

  • 一風堂
  • 焼肉屋88
  • 広尾のカレー
  • 串カツ屋
  • 寿司屋
  • 中華料理屋

 と歩いたところで、もう銭湯についている。広尾という町の日曜は、京都のようで落ち着く。お年寄りが多く外出してて、親子連れが手をつなぎ、独りモンのおっさんが酒を飲みながらたむろし、外国の人がサングラスをして歩き、オープンテラスのカフェではおしゃれっぽい人たちが茶をしばき、往来にはHUBにいるような汚らしい学生がいる。いい街だなぁと思う。広尾の銭湯の隣には中華料理屋があって、すでにビールを飲みたくなっているのを我慢して、お風呂から出て気持ちよくなった後にこの店へ入ろうと決め、のれんをくぐる。
 今週一週間の出来事を思い出しながら、湯船につかり、風呂から出たら全身鏡で「あら、本当に太っちゃったねぇ」なんて思うけれど、これから楽しむビールのおかげで気持ちは明るい。喧騒の町・東京でも、独りぼっちで楽しんでいます。

日本の興行界を支えた映画「ハリー・ポッター」シリーズ なぜ売れたのか?

 映画に詳しい人たちと飲んでいると、「自分の生涯ベスト10」とか「好きな映画音楽」とかいろんな話をしてたまに喧嘩になるのですが、「なぜ2001年から映画館に人が戻ったのか」というのは楽しく歓談できるいいネタです。
 日本映画製作者連盟のデータを見ると分かるんですけれど、90年代って本当に映画館に人が来なかったんですよね。それが2001年になるとお客さんの数が回復し、それから2010年までの10年間は安定しているんです。
過去興行収入上位作品 一般社団法人日本映画製作者連盟
「テレビを中心としたメディア出資の映画が増えたことで、大宣伝が行われた。だから劇場にお客さんが戻ったんだ」なんてこと言う人もいます。もっともらしいのですが、飲んでいる場でそんな話をしてもつまらないわけです。
「シネコンがこの2001年になって全国的に浸透したから」という人もいました。確認していないのでよく分からないのですが、仮にそうだとしても、飲んでいる席では話に広がりがなくて飽きてしまいます。そして、「昔の映画館は見ながらタバコが吸えて良かったよねぇ」みたいな話に移ってしまいます。
 やっぱり、「映画館に人を呼びこむ作品があったからだ。その作品とはいったいなんだろう!」とワイワイガヤガヤするのが楽しいんです。色んな名前が挙がり、おのおの思い思いに語るのですが、2001年から2010年を俯瞰して、絶対に外せない2つの作品群があります。それが、スタジオジブリ作品と「ハリー・ポッター」シリーズです。


ジブリ作品とハリー・ポッター

 2001年7月に「千と千尋の神隠し」が公開されました。興行収入は空前絶後の304億円。2013年現在の邦画関係者が振り返ると、なんやねんあれ、というケタ違いの記録ですね。
 同じ2001年12月に公開され、興収が203億円の「ハリー・ポッターと賢者の石」(シリーズ1作目)。書籍が全世界的に売れ、日本でも社会現象になったのはみんなが知っていることでしたが、映画もこんなに当たりました。
 公開年で見てみると以下になります。

 2001年: 「千と千尋の神隠し」(304億円)
      「ハリー・ポッターと賢者の石」(203億円)
 2002年: 「猫の恩返しギブリーズ episodeII」(64.6億円)
      「ハリー・ポッターと秘密の部屋」(173億円)
 2003年: ジブリ作品、ハリー・ポッターなし
 2004年: 「ハウルの動く城」(196億円)
      「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」(135億円)
 2005年: 「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」(110億円)
 2006年: 「ゲド戦記」(76.5億円)
 2007年: 「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」(94億円)
 2008年: 「崖の上のポニョ」(155億円)
 2009年: 「ハリー・ポッターと謎のプリンス」(80億円)
 2010年: 「借りぐらしのアリエッティ」(92.5億円)
      「ハリー・ポッターと死の秘宝 Part1」(68.6億円)

 その年の映画興収ランキングで見ると、いずれもTOP5には入るダントツの成績でした。もちろん、「踊る大捜査線」シリーズ、「世界の中心で、愛をさけぶ」、「パイレーツ・オブ・カビリアン」シリーズ、「海猿」シリーズなんかも酒の話になります。ただ、10年間、日本の映画興行界を支えたTOP2はジブリとハリーと言い切って、誰も文句はないでしょう。

 
 さて、誰もが一家言あるジブリ話は置いておいて、ハリー・ポッターは何故お客さんを呼ぶことができたのだろうか。と、酒を飲みながらワイワイしようとするのですが、この話を十分に語ったひとを見たことがありません。なにせ、ハリー・ポッター作品を実際に見に行っている人は、映画に詳しい人であればあるほど、少ないので。私自身も「ハリー・ポッター」シリーズは、映画館へ見に行きませんでした。
ハリー・ポッター」の映画作品としての力とは、いったいなんなんだろう。


f:id:comajojo:20130823020009j:plain:h150 (「金曜ロードSHOW!」サイトより。今晩ハリポタ放映ですね)


★なぜ「ハリー・ポッター」の映画は売れたのか

 飲みながら話すわけですから、めいめい勝手なことを言います。「魔法使いの学校という設定がお客さんの心をつかんだんだよ」「ちょうど日本でも学園モノがラノベとかでも流行ってたもんなー」「ハーマイオニーの役の子が可愛かったもん」。…という具合に、納得のいく話に落ち着いたことがありません。
 そんななか、今日読んだこの文章はとても面白く、心に迫るものでした。

マグル避け呪文がrobots.txtだったあの頃 ハリポタの魔法に堕とされて | POYO NET – ねとぽよ

 ねとぽよのウェブサイトに掲載された文章ですが、私はTwitterに流れてきたものを読みました。小学生のときにハリー・ポッターに出会って、ネット上の二次創作を通して作品にのめり込み、「ハリー・ポッター」作品とともに歩んできた方の文章です。書籍と映画と二次創作を華麗に横断する様が見事に描かれていて、すげぇすげぇと言いながら、読みました。日本のネットには、ハリーとともにこんな文化が育っていたことに驚きました。
 なぜ「ハリー・ポッター」の映画は売れたのか。もちろん、ネット上の二次創作をする人・読む人の数は、映画館へ来る数百万という規模のお客さんの数からすると、とても少ないです。しかし、「私はこうやってハリー・ポッターと付き合ってきた!」というこの文章を読むと、どんな映画関係者や批評家が語るよりも、説得力をもって、読み手に迫ります。そりゃぁ「ハリー・ポッター」の映画に人は来るなぁ、と思えてきます。
 今度誰かと「ハリー・ポッター」で飲むときは、まず、さよ なきどりさんの文章を読んでもらってからにします。最高の酒の肴です。

綾野剛の「上がるぅぅ↑↑」(高音)が聞けるのは明日の朝まで!

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綾野剛にゃん(©少年アヤちゃん)の珍しい声が聴けたので。
あと、このページは毎日更新されている(?)から、明日の回の放送後には別の動画になっちゃうので。


http://www.ntv.co.jp/zip/gatchaman/index.html


オカマに縛られた剛にゃん、どうなるんでしょうか!?

『風立ちぬ』で宮崎駿が考えた、もうひとつのエンディング

 タイトルが駄目すぎて、ほとんどの人は手にも取らないんじゃないかなー、本屋からひっそりと消えていくんじゃないかなー、というコレ。

風に吹かれて

風に吹かれて


 めちゃくちゃ面白かった。ロッキング・オン渋谷陽一ジブリ鈴木敏夫にインタビューして、ジブリ作品の秘密を暴くという本。
 聞き手である渋谷陽一の興味感心は、「宮崎駿高畑勲という二人のめんどくさい天才を手なづけて作品を生み出す剛腕鈴木Pは、いかにして生まれたのか」ということに集中するわけなんだけど、鈴木敏夫を掘っていくことで、むしろ高畑勲の凄さが浮き彫りになっている。往年の『アニメージュ』や高畑勲研究をしている同人誌を思い返しても、他者の視点から、これほど高畑勲の才能にフィーチャーした書籍は今までないんじゃないか。『風立ちぬ』の上映前に付いている『かぐや姫の物語』特報の映像・演出の凄まじさで、高畑勲に再注目している人には、是非読んで欲しい一冊。高畑勲ヤバイ!


宮崎駿の最初の案では、主人公・二郎も死んでいた

 本書は現在公開中の『風立ちぬ』にも多く触れていて、これ、宮崎駿が読んだら怒るんじゃないか、っていう制作裏エピソードもふんだんに載っている。そのひとつが「宮崎駿が最初に考えた『風立ちぬ』のラストは違った」というもの。鈴木敏夫は公開された今も、エンディングを変えたことに悩んでいる。

鈴木「宮さんの考えた『風立ちぬ』の最後って違っていたんですよ。三人とも死んでいるんです。それで最後に『生きて』っていうでしょう。あれ、最初は『来て』だったんです。これ、悩んだんですよ。つまりカプローニと二郎は死んでいて煉獄にいるんですよ。そうすると、その『来て』で行こうとする。そのときにカプローニが、『おいしいワインがあるんだ。それを飲んでから行け』って。そういうラストだったんですよ。それを今のかたちに変えるんですね。さて、どっちがよかったんですかね」

鈴木「やっぱり僕は、宮さんがね、『来て』っていってた菜穂子の言葉に『い』をつけたっていうのはね、びっくりした。うん。だって、あの初夜の晩に『きて』っていうでしょう。そう、おんなじことをやったわけでしょ、当初のやつは。ところが『い』をつけることによって、あそことつながらなくなる」

鈴木「だけど三人とも死んでいて、それで、『来て』といって、そっちのほうへ行く前に、ワインを飲んでおこうかっていうラストをもしやっていたら、それ、誰も描いたことがないもので。日本人の死生観と違うんですよ。そこが面白い。要するに、これは高畑さんなんかもしきりにいっているんだけど、日本人の死生観って西洋と違って、いつもそばにいて死んだ人が見守ってくれているわけでしょ。ということは、『来て』じゃない。それが日本人だった。(〜略〜)だから、最初の宮さんが考えたラストをやっていたら、どう思われたんだろうかと」


 個人的な意見としては、宮崎駿のこの最初の案のほうが、『風立ちぬ』を見ていて腑に落ちただろうなぁと思う。宮崎駿作品を見た、という気持ちにもっと浸れたと思う。


高畑勲がヤバイ!

 そんなこんなで、山のように裏話が満載の『風に吹かれて』(やっぱり、このタイトル、アカン!)、めっちゃ面白いっす。鈴木敏夫の生い立ちから始まって、宮崎・高畑と出会うまで、そして『ナウシカ』でトップクラフトをぶっ潰しスタジオジブリができ、そっからの30年間。たとえば、『魔女の宅急便』はクロネコヤマトからの企画で始まった、そこからどう作品づくりをしたか、みたいな珠玉のエピソードが、惜しげも無く披露される。

 読後、『かぐや姫の物語』への期待が上がりまくった。ちなみに、高畑勲パナイ!ってなれる本はたくさん出ている。『かぐや姫』はやく見たい!


映画を作りながら考えたこと

映画を作りながら考えたこと


映画を作りながら考えたこと〈2〉1991‐1999

映画を作りながら考えたこと〈2〉1991‐1999



10倍返しができないサラリーマンのお話

「やられたら、やり返す」と同僚の女子がすでに倍返しの狼煙をあげていた。本当は彼も倍返ししたかった。


 同僚の女子が逆襲しようと思っている相手は、部内のお局様だった。お局様の権謀術数により、お茶をこぼし、伝票の処理を間違え、抑えたはずの会議室が横取りされ、資料の印刷に失敗した。雪だるま式に仕事が増えるため、いつも遅い昼ごはんを一人で食べていた。派遣元企業の規定により、彼女に残業代は出なかった。


 倍返しを企む同僚女子を傍目に見ながら、彼は自分の倍返しのことを考えていた。彼には人生をかけて倍返しをしたいと思うほどの嫌な相手がいなかった。もちろん、部長がよくやるハシゴ外しには腹が立った。しかし、どうしてだろう。理不尽な物言いをする部長を見ていると、上役の顔色を気にしていることがバレバレで憐れで、どうしても怒りが長続きしなかった。部長も大変ですねぇと思ってしまった。


 同僚女子がお局様に面と向かって啖呵を切った日の午後。喫煙ルームでしみじみと彼は思った。怒りに身を任せるには、どうすればいいのだろう。喧嘩をしなければいけない場面とは、どんなときなのだろう。もしかすると、おれは怒るべきことを避け、みすみす倍返しの機会を自分で無くしていたのだろうか。


 このままでは、おれは倍返しができない。ましてや、まさかの10倍返しなんて。彼は焦っていた。


 同僚の女子は晴れて本社へ栄転となった。彼はますます気が急いて、部下にキツく当たり始めていた。こうして彼は倍返しの機会作りに成功し、もう倍返しには懲りました。

幸運ばかりが続いてフラフラしていた人のお話

 アニメーション会社を出てテレビ局へ入社し、4ヶ月が経ちました。


 中学・高校とネットにハマり、少し大人になってからブログを書きまくってmixiに夢中になって、大学4年生のときにはてなでアルバイトをさせてもらって。はてなはあのネット上の空気がそのまま会社の中にもあって、すんなりと社会と接点を持てました。あの頃、はてなに出会えて、本当に良かった。総務として働きながら、ライターもさせてもらって。ただ、いい機会をもらったのに、自分の書きたい記事ってなんだろう、ってのが分からずにその日暮らしをしていました。


 はてなの次はアニメ会社のプロデューサーに拾ってもらいました。映像プロデュースのやり方をそばで見ながら、個人としては雑誌の制作をするという、二足のわらじを履いているような仕事場でした。そのプロデューサーが編集者出身だったので、「自分がやっている作業は、いずれああいう応用を効かせられるんだなぁ」と<映像プロデュース>と<本の編集>を比較しながら、学べました。ただ、そのプロデューサーに好かれたいという気持ちが先走ってしまい、うまく振る舞えないことが多かったです。どうして自分はこうなんだろうなぁ、もっといい仕事をして見せたいのになぁ、と焦りと不安ばかりが積み重なっていました。


 そんなときに誘ってもらったのが、プライベートでの活動「ねとぽよ」でした。ねとぽよのメンバーはキャラ・経験・立場がぜんぜん違う人が集まっていて、そこでのクローズドなSNS上のやり取りはいつも刺激的です。ねとぽよの人たちに、自分の失敗に基づいた経験を伝えることで、自分が今やるべきことをいつも探っていました。ねとぽよがうまくいくと、本業でもうまくいく、そんな循環ができました。ついつい私がねとぽよを語るときに、「ほら、ねとぽよってすごいでしょ!」と強気に語りがちなのは、ねとぽよがたまらなく大切だからです。早くみんなにもねとぽよに気づいてよ、と思って早1年が経ってしまったので、最近は謙虚にプレゼンをしていますが。ただ、「気づいてよ!」と大声で叫びたい気持ちは変わりません。


 アニメ会社での2年半の編集経験ののち、いまはテレビ局でプロデューサー補佐(AP)をやっています。たくさん色んな失敗をしてきて、もちろん今でも失敗することばかりなんですけれど、自分の仕事の仕方みたいなものも出来始めました。テレビ局では新米のAPとして働き、ねとぽよでは若い子たちに大人として接しながら、その不思議な塩梅を楽しんでいます。自分がまさか教育をする側に回るなんて。若い子たちにしっかりと道筋を伝えられるように、もっと頑張らないとな、と思っています。


 今までの人生は特にプランもなく、そのときそのときの自分のスキルとやりたいことと、それを面白がってくれる人との縁で、首の皮一枚のところで繋がっていました。幸運ばかりが続き、人に恵まれていたなぁ、と心底思います。
 最近になって、ようやく考え始めたことがあります。自分の大事な人たちを守るために計画を練ろう、と。