30歳過ぎから生き様が顔に現れるんだろうな

  1. 自分の顔をいまだに見慣れていない。鏡を見ない日のほうが多いのではないか、と思う。別に嫌いなわけではなく、慣れていない。自分に無頓着なタイプの男には結構いる気がする。
  2. 外に出ていく仕事が増えはじめているので、そろそろ意識的にやらねばならんと思っている。鏡を見ることを。
  3. 22、3の学生の頃に、友人とこう話していた。「32歳くらいで、だいたいその人の器に、おさまるよね」と。
  4. ひとそれぞれに器ってのはある。その器の形や大きさを見誤って、理想とのギャップに悩むのは、気持ちの良い生き方ではない。ただ、器を作ることも諦めるべきではない。一度落ち着くのが、男の場合は32歳くらいだ。だから32歳までに、できるだけ器を作って、そっからは磨いていく人生なのだろうな、と。周囲の社会人男性を見て、そう思っていた。この仮説はほぼ当たっていた。
  5. そして、最近思うことがある。32歳くらいからは、顔にでてくる。20代のハリがなくなって、次第に生き様が顔に現れてくる、と。私が思う良い顔のひとは、いる。
  6. 良い顔になりたい、と思っている。自分の顔をいつか好きになりたい。

スイッチオンPJ回想ーあなたの世界は何か?

  1. 学生にたくさん会ったことでエネルギーをもらったが、1日経って、あぁ随分アテられたんだなぁ、と思っている。朝に妻と渋谷の氷川神社へ参って、回転寿司行って、いまカフェにいて本読んで、読み終わったけれど、妻は隣で仕事してるから、一人でぼーっとしてた。かれこれカフェに4時間いる。そしていま、スマホでちまちまこのブログ書いてる。
  2. 自分の過去と、そのとき無視した感情と向き合う羽目になった。藤代さん、永瀧さん、そして20過ぎの元気な学生たちという既視感ある場所に何故か自分がいて、、、自ずとスイッチオンプロジェクトへ帰っていた。
  3. スイッチオンプロジェクトとは2009年の3月から夏にかけて開催されたメディアに携わる人間と、メディアで表現を志す学生との実験プロジェクト。チームを組んで、企画を立てて、取材相手へアポをとり、インタビューをして記事を作る。私ははてなの総務アルバイトの傍ら、はてなブックマークニュースというサイトでライターをしていた経験と、ガ島通信というブログを読んでいたことで応募をし、京都から東京へ遠征して参加した。
  4. 一発目の3月末に合宿があった。AからEまでの班に分けられ、一班あたり学生が5~6人いたと思うから、学生は30人くらいだったか。新聞、テレビ、書籍などのメディア関係者がメンターとして一班に3人ずつ付く。gooニュースのアルバイト学生も一班に一人ずつ付く。そして、全部を統括するのがガ島の藤代さんと、運営学生リーダーの田村。
  5. このプロジェクトで自分はジブリ鈴木敏夫プロデューサーを取材対象に選んだ。はてなでの経験と、人生を振り返って一番自分が興味があるひとって誰なんだろうと考えたときに、浮かび上がったのが鈴木さんだった。試行錯誤しながら取材準備をし、取材をして文字起こしをして記事を書いた。その後、半年後くらいに再びジブリを訪ねてアルバイトが始まり社員になって、ジブリを辞めた今でも鈴木さんとほぼ週に一度会っているので、本当に有難い出会いだった。
  6. 自分が忘れるようにしていた感情というのは、スイッチオンプロジェクトで記事を書き終わり、ジブリでの仕事が本格化するまでの間にあった。その頃、京都での留年生活を終えて、半年で卒業し、上京ニートとなっていた。なんのために東京にいたかというと、スイッチオンプロジェクトの運営側に回ったからだ。
  7. 半年に渡るプロジェクトが終わり、関係者で合宿して今後の方針を決めたのち、新しいプロジェクトが始まった。それはファシリテーターを養成し、実際にファシリテーションをする、というものだった。2009年の10月に初めてファシリテーションという言葉を知って、11月に仙台の3時間の学生向けライティングワークショップでファシリテーターをやる。運営のなかで、二人の女の子が選ばれ、自分はそれをまとめる役となった。ワークショップは無事に行われた。
  8. そして、2009年の年の瀬に、ガ島藤代さんとR30さんにファシリテーションチームの我々3人が祝福され、銀座でフグをご馳走になる。ご馳走になってひとしきりしたところで、「佐藤(私)が今度はやる番だ」となった。それが私がずっと忘れていた過去である。浜松で行われる社会人向けのワークショップでファシリテーターをやる、というものだった。
  9. 私は自分ならできる、と思っていた。女の子二人のファシリテーションを面倒見ることをずっとやってきて、やり方は分かっている。しかし、いざ自分がプレイヤーとなって準備をし始めると、全く話を広げられず、自分の思考も止まってしまった。R30さんや、ファシリテーターの女の子によく相談にのってもらったが、できない理由が分からず、自分を責め、どうにも前に進めず、心が弱くなり、ポキッと折れた。本番は、代わりのファシリテーターとして、チームの女の子が担当してくれた。本番のその様子を見ながら、一体なんなんだろう、と思いつつ、プライドをどうにか持続させようと必死だった。
  10. 私はジブリのアルバイトを本格化することになる。それが自己防衛であることは分かっていたが、とにかく逃げた。生きるために。
  11. ・・・そんなことがあったのだ。昨日、藤代さんと、合宿のメンターだった永瀧さんと、キャラの濃い学生たちの中に入って、自分の心の違和感を感じ、今日の昼間向き合っていた。7年ぶりに向き合った。
  12. なんでできなかったのか、今では理由が分かる。自分の"世界"がなかったから、だ。
  13. あのワークショップのファシリテーションは、人から引き出して、ある方向へ持っていく行為。そこには雑誌における編集長のような、映画におけるプロデューサーのような、目に見えないディレクションが必要だったのだと思う。メディアに従事する人たちは、意識的に、人によっては無意識に、それを鍛えている。それは、たとえば「あなたにとって好きな人はどんなひと?」「あなたにとって嫌いな人はどんなひと?」「あなたにとって良いニュースとは?嫌なニュースとは?」という質問で湧き出てくるような"自分の感情"の在り処を知る必要があったのだ。
  14. 実際に、R30さんはあのとき、「佐藤が最近読んだ記事で心に残ったのは何?」と問いかけてくれた。そうして、自分の"感情が動くポイント=自分が持つ世界"を分からせようとしてくれていた。ただ、私はそこに意識的にならず、感情に蓋をして、より方法論にこだわり、一層深みにハマっていった。
  15. 自分で気付きを得ないと、前に進めない。ファシリテーション以前の、2009年3月末、あの合宿のときに、簡単に鈴木敏夫を見つけず、もっと自分の世界を知るべきだった。そのときの自分の心を根底から動かしたい。
  16. あなたの世界を見つけよう。そのためには、自分が愉快になるものと、不愉快になるものを知ろう。そして、その理由をとことん考えよう。そうすると、あなたの感情が動くポイントが分かる。それがあなたの世界だし、あなたの美学。そうすると、外の世界と人と向き合える。

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画像、仙台キャラバンフォルダーから。人の顔が映ってないやつ、これしかなかった!

95〜96年生まれとたくさん会って脳つかった。自分より10歳下!!!

  1. 永瀧さんからアメリカのことをたくさん聞いたあと、夕方から藤代さんの家ゼミにお邪魔させてもらった。大学生13人が2グループに分かれて別々のプロジェクトを進めていて、すげー場所に来ちゃったぜと思った。
  2. 大学2年〜4年ということは、ハタチちょっと過ぎで、1995年生まれ。阪神淡路大震災地下鉄サリン事件テレホーダイWindows95…。95年というと、私は9歳で長野県松本市で暮らす小学生。前年の94年に松本サリン事件があり、すぐ近所で事件が起き、後日、風向きが違えば死んでいた、と聞いた(あの日の夜は、夜更かししてウィンブルドンマイケル・チャン戦を見ていた)。
  3. 95年生まれの人たちが買い出しに行って、料理を作ってくれて、食べながら何人かの人と話すことができた。10才も違うと、悩みや、世の中に対する疑問も異なるわけで、勉強になった。それと、自分がハタチのころに感じていたこととかを思い出した。
  4. そういえば、この前『LIFE SHIFT』という本を読んだ。アメリカの経済学者と心理学者の共著で、先進国の、1945年生まれ、71年生まれ、98年生まれ、の3パターンのモデルを例に取りながら、これからの生き方を提案した本。
    LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

    LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

  5. 98年生まれの約半数は100歳を超えていきるだろう、という前提のもと、これまでと全然生き方変わるよね、と。目の前の大学生たちは95年〜96年生まれなので、あの本の想定している子よりちょっと年齢が上でほぼ同世代だな、と。自分の思うまま生きたら良いよなぁ、おれも頑張るから、とざっくり思った。
  6. 団塊の世代の働き方に憧れた、団塊ジュニアの苦労をたまに見る。変化に対応できず、現実とのギャップに苦しんでいる。たくさん要因はあるだろうが、寿命の問題も大きいのだと思う。団塊の少し下の世代(つまり今の50代)ですら、団塊とは異なる老後を送らねばならないことは目に見えていて、老後のこととなると暗くなってしまう人が多い。
  7. 団塊ジュニアで今から大きく生き方を変えられる人は少ないだろうが、まだ逃げ切れるひともいる。その点、30代の自分たちが晒されるのだろう、と思う。大きな変化に対応できるように生きてきたつもりだが、さてこれからどうなるか。上の世代を参考にするところは参考にしつつ、自分たちが幸せに生きたほうが良い。
  8. 目の前のハタチの子たちは、そもそも上の世代と同じ人生を歩めないのは前提となっている感じがして、とても新しさを感じた。良いことだなぁと思った。刺激をもらった。

『個人的なハーモニー』超スリリングだった!!!!!!!!!

個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論

個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論

  1. 色っぽいタイトルでいいなぁと思い予約していて、届いた。一気に読んだ。
  2. アニメーションの大きな歴史を再編する革命本。私は高畑勲という思想家・革命家の目線を借りながら読んだ。
  3. そして、「話の話」の謎から始まる超スリリングで壮大な探偵物語でもある。アニメーションによって現実世界を変えようとした者たちのお話で、ノルシュテイン高畑勲エイゼンシュタインらが主要人物として登場し、宮崎駿やディズニーもたまに街角でヒントをくれる。
  4. 著者の土居伸彰さんが自身が海外の優れた作品を国内で配給し、国内のインディペンデントな作品の盛り上げを行っていて、より地に足がついて世界と向き合っているため、説得力がある。
  5. 漠然と、ジブリジブリ美術館ライブラリーを体験し、そこから、高畑勲という運動家・批評家という目を通じて海外アニメーションを見てきた自分にあったモヤモヤが、明瞭になる本だった。
  6. 小さいところでは、「魔法にかけられて」をさらっと見立るところや、「生命を吹き込む魔法」の解説も感服。

もっかい読みたくなった↓

ディズニーアニメーション 生命を吹き込む魔法 ― The Illusion of Life ―

ディズニーアニメーション 生命を吹き込む魔法 ― The Illusion of Life ―

夢枕獏版「大菩薩峠」~『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』テーマは2つだった

鈴木敏夫大菩薩峠ってね、大好きなんですけどね」
夢枕獏「ええ」
鈴木「ああいう主人公ってどうなんですかね」
夢枕「あの、冷たいニヒルな。僕は割と好きで」
鈴木「もう一度ね、ああいうものが、待望論ってあるんじゃないですかね」
夢枕「あーーーーーーーーーー。なるほどね」
鈴木「ひどい男でしょう」
夢枕「ひどい男で」
鈴木「極悪非道でしょう」
夢枕「色悪。女が惚れちゃうような、でも極悪非道」
鈴木「そう。もう一回、誰か書かないかな。堀田善衛っていう作家がね、深沢七郎にね、机竜之助を書きたまえ、てやっているんです」
夢枕「へーー」
鈴木「あれ以来、出てない」
夢枕「途中で終わっていますよね」
鈴木「大菩薩峠って、中断なんですよね。17巻ありますけどね、ぼくは2回も読んでいて好きなんですけれど。何もこの人に気持ちを寄せることが、共感ができない、そんなヒドイ主人公だけれど。なぜか心惹かれますよね。今の時代、そういうものを見てみたい。読んでみたい」
夢枕「ぼくは惹かれますね。途中で愛情が湧くと書けなくなるんですよね。極悪非道を持続できなくなるんですよね、自分で書いていて。なんか可愛げを出してしまう」
鈴木「冒頭、巡礼のおとっつぁんの方、斬り殺されるでしょう。なんのためかといったら、刀の切れ味を試すため。酷いですよね」
夢枕「全部読んだんですか」
鈴木「読みました。ぼくは2回読んだんです」
夢枕「素晴らしい。死んでも忘れて、死んだやつがまた出てきたりする」
鈴木「これはね、堀田善衛という人が指摘したんですけれどね。音無しの構え、受け身の拳法なんですよね。自分からいかないんですよ。来たら、やる。つまり、座頭市なんかもそのマネなんですよ」
夢枕「あーーー」
鈴木「そうするとね、堀田善衛さんが言うには、世界の冒険活劇ものを読んで、ヒーローで受け身のやつって日本だけらしいんです。外国はみな、自分からいくらしいんですよ。・・・新境地として」
夢枕「そういえば、外国の冒険ものは行くものが多いですよね。日本は向こうから来る」
鈴木「巻き込まれるんですよね。だから宮崎駿ラピュタを作っても、あの少年パズーは巻き込まれるじゃないですか、事件に。主体的じゃないんですよね。ぼくは個人的にそういうチャンバラが好きだから、誰か書かないかなって。ずっと思っているんです」
夢枕「チャンバラ、最近、書くんですよ・・・(中略)」
鈴木「最初の話に戻るとね、中里介山もこう書いているんですよ。音無しの構え、もうこれは筆舌に尽くせない」
夢枕「笑!」
鈴木「だからこれ、映画にするときに大変だったらしいんですよ。どういう構えなのか、分からないんだもん」
夢枕「なるほどね」
鈴木「とにかくみんなが吸い寄せられちゃうんだから」
鈴木敏夫のジブリ汗まみれ - TOKYO FM 80.0 - 鈴木敏夫より

4年近く前に夢枕獏ジブリを訪れ、鈴木Pに焚き付けられて誕生したのが『ヤマンタカ 大菩薩峠血風録』である。面白かった。夢枕さんが書きたかったテーマは2つ。

  1. 音無しの構えとは、一体どんな構えなのか?
  2. 机竜之助のニヒルさのゆえんはなんなのか?

それを小説の中で解明することに執念を燃やしている。
主人公として立てられたのは、土方歳三。原作『大菩薩峠』では、新撰組とも交流はあるが、それは机竜之助が江戸へ行ってからの話だったはずで、『ヤマンタカ』では最初から登場する。登場のさせ方が見事なので、すぐに引き込まれた。大菩薩峠で巡礼のジジイが机竜之助に斬り殺され、お松が残される、それを助けるのは七兵衛・・・というところは同じで、七兵衛が売って歩いている薬を作っているのが土方歳三の家。一方、土方歳三は同じ頃にとある辻斬りと出会う(のちに分かる宇津木文之丞)。お松は土方歳三のもとへ預けられ、次第に「机竜之助」「宇津木文之丞」「お浜」の物語に巻き込まれていく。お浜が犯されるエピソードは原作では机竜之助の世話をする与八によって、だったが、『ヤマンタカ』では丹波赤犬という盗賊の一味で、土方歳三の目の前で犯される。

ヤマンタカ 大菩薩峠血風録

ヤマンタカ 大菩薩峠血風録

音無しの構えについても、机竜之助のニヒルさについても、夢枕獏のアンサーは面白かった。さすが。

恵比寿歴ほぼ6年

  1. 天気が気持ち良い日曜の朝は私を最強にしてくれる、と思う。残り物のご飯でお粥作って、佃煮と一緒に朝ごはん食べながら、漫画読んだり、動画漁ってた。で、朝8時になって、近所の恵比寿神社へお参りにいった。数珠を手水舎であらった。
  2. 日曜の恵比寿の朝は静かだ。酔っぱらいの落とし物や、煙草の吸殻を見ずに、上を見ると爽快感そのもの。ボランティアの人たちが朝から掃除をしていて、頭が下がる。
  3. 恵比寿に住んでそろそろ6年近くになる。東日本大震災の直前の3月頭に住み始めたので。
  4. 恵比寿のいいところは、食の街であること、だと思う。特に文化もなく、ファッションの街でもないので、古びない。食についても競争原理が働く程度に活気があるので、常にアップデートされていっている。
  5. 平日夜は仕事人たちがお金を使いにやってくる。旨いものを食うためだったり、ビジネスだったり、恋愛のためだったり、目的は様々だろうが、良かれ悪しかれエネルギーが溢れている。
  6. 恵比寿に住んだ最初の3年は常在戦場な感じだった。私も25〜27歳で寝なくて平気だったし、恵比寿という街のエネルギーと相まって、家に帰ってもいつも戦っていた気がする。友人と一緒に暮らしていて、一緒に同人サークルをやっていたのもあるが、刺激がないことは悪だった。新しいことがないと生きている意味がないくらいに。
  7. その後、2014年の年始に結婚して、恵比寿で暮らすことになった。恵比寿以外の選択肢も視野にいれていたけれど、結局恵比寿になった。一番大きいのは、前職の上司とその家族がいるからで(太陽でオアシスだ)、それに加えて、妻との出会いで、この街の活気だけではない良さに気付いてきたのもあった。
  8. いま住んでいる家は、ナンパスポット恵比寿横丁の近くなんだが(笑)、駅からそこへ歩いて行く道がすごく風通しが良くて気持ちがいい。マクドとぴえにゅ&徳ちゃんの間の道。海外や地方出張から帰ってきて、どんなに東京駅や品川駅の雑踏にヤラれても、そこを歩くと「帰ってきて良かった」と思える。
  9. 今朝行った恵比寿神社も、たまに行くのだが、風通しがよく気持ちが良い。少し歩くと、渋谷の氷川神社もある。
  10. もちろん、平日夜は酔っぱらいとカラオケ客がうるさいし、一番街はキャッチがいたり、落ち着かない部分もあるのだが、圧倒的にプラスのほうが多いよな、と思う。着飾ってくる街は、元気でよい、うん。
  11. そんなことを恵比寿神社からの帰り道に思った。もちろん、心は京都にあるよ★

今年よく見ていたもの

  1. 野性爆弾川島
  2. 高校生ラップ選手権&フリースタイルダンジョン
  3. 米津玄師全般
  4. 宇多田ヒカル