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10倍返しができないサラリーマンのお話

「やられたら、やり返す」と同僚の女子がすでに倍返しの狼煙をあげていた。本当は彼も倍返ししたかった。


 同僚の女子が逆襲しようと思っている相手は、部内のお局様だった。お局様の権謀術数により、お茶をこぼし、伝票の処理を間違え、抑えたはずの会議室が横取りされ、資料の印刷に失敗した。雪だるま式に仕事が増えるため、いつも遅い昼ごはんを一人で食べていた。派遣元企業の規定により、彼女に残業代は出なかった。


 倍返しを企む同僚女子を傍目に見ながら、彼は自分の倍返しのことを考えていた。彼には人生をかけて倍返しをしたいと思うほどの嫌な相手がいなかった。もちろん、部長がよくやるハシゴ外しには腹が立った。しかし、どうしてだろう。理不尽な物言いをする部長を見ていると、上役の顔色を気にしていることがバレバレで憐れで、どうしても怒りが長続きしなかった。部長も大変ですねぇと思ってしまった。


 同僚女子がお局様に面と向かって啖呵を切った日の午後。喫煙ルームでしみじみと彼は思った。怒りに身を任せるには、どうすればいいのだろう。喧嘩をしなければいけない場面とは、どんなときなのだろう。もしかすると、おれは怒るべきことを避け、みすみす倍返しの機会を自分で無くしていたのだろうか。


 このままでは、おれは倍返しができない。ましてや、まさかの10倍返しなんて。彼は焦っていた。


 同僚の女子は晴れて本社へ栄転となった。彼はますます気が急いて、部下にキツく当たり始めていた。こうして彼は倍返しの機会作りに成功し、もう倍返しには懲りました。